今となってはポジフィルムを使っている人など、
一部の写真愛好家の層に限られてしまうのかもしれないが、
僕がエロ本編集者だった2010年当時は、
ちょうどポジフィルムからデジタルへの過渡期にあたっていて、
印刷所でもポジからの印刷の方がデジタルからのそれよりよほどクリアーでメリハリがあったので、
僕はどちらかといえばデジタルカメラ懐疑派であった。
プロのカメラマンは出始めたばかりのデジタルカメラをラインナップに加えはじめ、
編集者の意向に沿ってポジで撮るか、デジタルで撮るかをセレクトできるようにしていた。
僕はポジ派だったから、デジタルカメラは敬遠していた。
カメラマンに撮ってもらうときもポジで頼んで、
デジタルの出番があるとすればポラ代わりというスタンスだった。
そう、デジタルカメラの登場でまず消えていったのはポラロイドであったろう。
プロ仕様のポラは、一眼レフのボディ裏蓋を改造し、ポラフィルムを格納した「ポラバック」を装着して使っていた。
昔の撮影現場では各シーンを撮影するまえにポラで試し撮りをするのだが、
その際「ポラ待ち」という時間があって、
ポラを手のひらに挟んで暖め、現像を早めるのがアシスタントや編集者の仕事だった。
冬場ならポラが現像されるのにおおよそ3分くらいはかかった。
その3分を「ポラ待ち」と称して、
スタッフがカメラマンを囲んでなんとなく和んでいるような時間だった。
ポラは光のまわり具合、色味、写りこみなどを確認するために必要とされていたけれど、
じっさいのところはクライアントに仕上がりのイメージを見せるというのが第一の目的だったろう。
クライアントを納得させるための手段にすぎないとなれば、
デジタルの登場と同時にその役割を終えたとしても致し方なかったろう。
▲npc社製ポラバックを装着したキャノンイオス1
そう言えば、ポジフィルムをチェックするのに必要なルーペやライトビュアーもデジタルの登場で過去のものになってしまった。
エロ本編集者にとって至福の時間は他でもない、ポジのスリーブからこれはと思う写真を切り出し、
ライトビュアーの上に並べて、一枚一枚を「対決」させる時間だった。
そうして残った何枚かのポジを今度はページに合わせて、写真の順番と大小を考えながら、組み写真に構成していく。
そうしたラフ作りも、今ではすっかりパソコン上の作業で完結してしまい、
昔のやり方になじんだ者には、デジタルの写真えらびが、どうにも味気なく感じてしまう。
ポジからデジタルへの移行は、写真の「感材費」がゼロになった分、大幅な経費削減につながった。
感材費にはフィルム代と現像代が含まれるが、
量販店で購入すれば36枚撮りのポジフィルムが1本約800円、現像代が約1000円、
1回の撮影で40本使ったとして、感材費の合計は約7万円にもなる計算だ。
ずるがしこいカメラマンは量販店でフィルムを安く購入して、定価で出版社に請求していたから、
その差額がそのまま小遣いになり、ポイントもちょこちょこ貯めていたのだろうが、
デジタル全盛のご時勢では、そんな美味しいこともできなくなった。
ポジは現像に少なくとも一日かかり、テスト現像(切り現)するばあいはもう一日かかる。
それに対してデジタルは撮ったその場で原稿が手に入るワケで、
これは画期的な時間短縮であった。
そして、デジタル普及の影響として見逃せないのが、
スチールカメラマンという職業そのものがいまや消滅の危機に瀕しているのではないかということである。
デジタルの登場は「露出」の計算というめんどうな過程を取っ払ってしまったのである。
デジタルカメラ一台あれば、露出計がなくても十分撮影が可能である。
だれでも失敗せずに(=やりなおしができる)撮影できるから、
高いギャラを払いプロに頼む必要がなくなって、
出版社もビデオメーカーも自社スタッフでスチールカメラマンを兼ねることが多くなっている。
▲通称「ナショP」で親しまれたナショナル PE-480SG
20年以上前、僕が自分の雑誌ではじめてフーゾク取材に行くことになり、
仲のよかったカメラマンにアドバイスされ自前で揃えたカメラ機材は、
キャノンのイオス10の中古ボディと50ミリのイチハチ、
ナショPのストロボにアンブレラ、そしてミノルタの露出計だった。
恐る恐る現像されたスリーブをチェックし、一応使える原稿に仕上がっていたことをルーペで確認し、ほっと安堵の胸をなでおろした経験が今でもなつかしく思い出される。
アナログ世代としては、そんなところに「旧きよき時代」を感じずにはいられないのである。
▲お気に入りだったコダックのE100SW。アーバン系の発色で黒ギャルの肌色を出すのに最適のフィルムだった。